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50代から考える明るいセカンドライフのはじめ方|池田幸代

大阪出張の舞台裏

 

お金と老後のお困りごとコンシェルジュの
池田幸代です。

 

プロフィール2

 

今週は福岡と大阪を2往復しています。

 

木曜の朝帰って、
金曜の夜には大阪です。

 

大阪駅

 

今日の午後からのセミナーのためです。

 

何も言わずに送り出してくれる夫に
感謝しています。

 

 

朝の支度はたいへんです

 

約3カ月間の大阪への出張は
義理の母の協力がなくては
実現しませんでした

 

1カ月の間に3〜4回もショートステイを使い
デイケアやリハビリを利用するのは
無理でした。

 

曜日を変えれば
2時間くらいは一人になる時間があっても
大丈夫かな?  と計算。

 

毎回朝食、お弁当、
夜勤明けで帰ってくる
息子の食事と入浴の用意。

 

そしてその日の夕食を用意して
デイケアの母を送り出してから
空港行きのバスに乗り込んでいました。

 

 

簡単なことのようだけれど

 

例えば、サービスの曜日を変えるくらい
思うかもしれませんが、
年を取ってくるとこれがかなりのストレスです。

 

もし、認知があれば何度も同じことを聞くでしょう

「今日は何曜日か?」
「いつ自分は行くのか?」と。

 

また目が覚めて身体が柔軟に動かないので、
朝は汚れ物が出ることが多いものです。

 

急いでいる日に限って…

ということもよくあります。
うまくできなかったことを一番辛く感じるのは
本人です。

 

分からないだろうと隠しても
臭いが染み付いたり、
より面倒なことになることが目に見えています。

 

日々できなくなることが増えてくる中、
失敗しても自分でできることを
見守りたいと思っています

 

 

介護をするということ

 

 

普通だったら「適当に食べておいて」
というところ。

 

いつも食事のために
外出先から戻ってくる日々。

 

頭では分かっていても
三度三度食べることがこんなに大変なのか…
と感じたりするものです。

サラダ

 

 

自分の時間がたくさんあって
介護をしているわけではありません。

 

以前の私は介護優先の選択をしていました。
父と母のお世話をして
その上で家事や仕事をする。

 

いつも自分のことは後回しでした

 

自分の時間を提供して
役割を果たし
それでいいと思いこませていました

 

そこには父の暴力やわがままがあり、
母へのDVが日常化していました。

 

言いなりになっていたわけではありませんが、

今思えば
それは家庭を平穏に保つ術でした

 

時にはこのままケガをさせられるのか、
ケガしたら親族でも傷害罪だし。

正当防衛もありかな?
などと客観的に暴力に
立ち向かっていました。

 

 

何をしたらいいのか?

 

子どもたちが幼稚園に入園するのを待って
宅建の勉強を始めました。

ハウスメーカーの餌食にならないためです。

 

その後、司法書士の予備校に通い
勉強中に父が骨折で肢体不自由になり、
身障者になりました。

母もまた
脳卒中で介護が必要になりました。

 

本格的な介護のはじまりです。

 

一昨年の父の入院を機に
自宅での在宅介護をやっていけないと
感じるようになりました。

 

父の介護費用を考えると
すぐにでも収入になるものが
必要だと焦っていました
自分は何が向いているのか、
収入になるのか、
様々なものを試す日々が続きました。

 

セミナー

 

昨夜のセッションでは
「自分を確認をしている状態」
だと告げられてキョトンとしています。

 

これからの方向性が見えない

 

それには
「自分の棚卸」という宿題が出ました。

 

昨日のフライトは
この3か月の中では一番揺れました

 

着陸の直前までぐらぐらでした。

 

セッション会場にきて最初に
「空」「風」「軸」と書きました。

 

揺れに揺れた機体のように
私自身も自分軸がなく
揺れているのかもしれません。

 

風

 

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